キャラクターの魅せ方 – 面白い物語を書く方法【物語理論】

『キャラに魅力がない』『キャラクターが描けていない』『いいキャラクターこそが全て』

物語を書き始めた時、『キャラクターをどう描けばいいのか』という問題は、必ずぶつかる最大の壁だと思います。

「構成」「ストーリー」「世界観」「ドラマ」など、物語を構成する要素はその他にもたくさんありますが、それらとは比べ物にならないくらいに重要な要素が「キャラクター」です。

上記のどれが優れていても、キャラクターをしっかりと描けていなければ、全く面白い物語になりません。と言うよりも、これら全ての要素がキャラクターを中心に絡み合い、物語を形作っています。

キャラクターと言うとポップで、エンタメ的な映画や漫画などの物語にしか通用しないように聞こえますが、作者にとって、そして読者にとっても、キャラクターは生きていますから、結局のところ登場人物という『人間』についてです。登場人物というそれぞれの人間をどれだけ理解し、描けているかに尽きます井上雄彦先生は「バガボンド」のインタビューで「どれだけ人間を描けているか」が重要だと言っていました。そういう意味では、文学や小説などの物語も「キャラクター」こそが大事という意味では、変わらないのではないかと思います。

僕がこれから紹介する理論は、基本的には「人を惹きつける技術: カリスマ劇画原作者が指南する売れる「キャラ」の創り方(小池一夫 著)」からきています。これを読んで、身に付けた理論を、自分なりの解釈も加えて紹介したいと思います。

↑の小池一夫先生の本は本当に勉強になりますので、是非、読んでみて損はないと思います。

まずは、日常生活にキャラクターが現れるくらい理解しなくてはいけない。

ここで紹介する理論は、「キャラクターの魅力を紹介する」理論です。「魅力的なキャラクターを作る」理論ではありません。

何度も言いますが、作者にとって、そして読者にとっても、キャラクターは生きています。

「魅力的なキャラクターを作る」型があり、それをもとにキャラクターを作るわけではなく、既に存在しているキャラクターを、魅力的に伝えるアプローチの方法として、これから紹介する理論があります。

これは似ているようで全く違いますし、この心構えを失うと、恐らくすっからかんの、空っぽの物語が出来上がってしまいます。

なので、まずはキャラクターをとことんまで理解していかなくてはなりません。

どうすれば理解できるのか。

これは人によって様々な方法があるかと思いますが、僕の場合はそのキャラクターのことを、とにかく描いて描いて描きまくりました。

僕は漫画を描いていましたので、最初、落書きの様に適当な紙にキャラクターを描いていると、「おっ、なんかいいな」と思えるキャラクターができてきます。その「なんかいいな」はなんなのか。まずはそこから始めます。

もしくは、極々稀にキュピーンと頭にキャラクターが浮かぶこともありました。それは例えば、マスコットキャラクターのような小さな鬼のキャラクターで、そのキャラだけでは話を進行させられません。なのでこいつと一緒にいるのはどんなやつなんだろうかと、どんな会話をするんだろうかと、とにかく思いつくままに想像を膨らませていきました。

これは恐らくイメージボードと呼ばれるものを作成していく行為なんだと思います。大事なことは自分でキャラクターを、もしくは物語を『作る』のではなく、既にそのキャラクターや完成された物語は存在していて、それがなんなんだろうかと模索する。もしくは受信して紙にアウトプットする。そんな心持で描いて描いて描きまくることです。

朝…と言うか寝起きが一番頭が働きますので、僕はバイトに行く前に最低1時間は机に向かい、キャラクターについて思い立ったことを描いて描いて描きまくっていました。もちろんそれは絵でなくても、文字でどうこう書いても構いません。

誕生日や血液型、父母、祖父母、兄弟姉妹の存在、好きなもの嫌いなもの、口癖、友達、服装、こだわり…などなど。よくキャラクターの履歴書を作ると良いと言いますが、それも含めて、時には乱雑に書いた疑問とその答えや、清書とボツを繰り返して描いていきます。

ちなみにキャラクターの祖父母について理解すると、父母について理解でき、父母の出会いから誕生、物語の始まりまでを理解できると、現代のキャラクターを形成するエピソードや父母の影響。兄弟との関係性が理解できるのでオススメです。

数えたことはありませんが、恐らくA4の紙30ページくらいぶんは主人公について考え、それを取り巻くキャラクターと世界を理解すると、物語が動き出したがっているのを感じられると思います。

僕の場合はこれらを繰り返していたら、ある日バイト中に無意識にキャラクターが現れ、現実の状況下で動き回り、会話をしていました。表面上はバレないように取り繕っていましたが、頭の中は危ない人間になっていました。

「銀魂」の空知英秋先生は「キャラクターのゴミ箱の中身が見えるくらい」に理解するそうです。

僕の場合、そこまで理解することは叶いませんでしたが、考えてみれば物語を書くとは、そのキャラクターの日記を書くようなものでもあると思います。そう思えば、それくらいに理解しなくては面白い物語は書けないのかもしれません。

緋村剣心から逆刃刀を無くしてみる。(物でキャラクターを起てる)

では、やっと本題に入りますが、アプローチの仕方の例として、「るろうに剣心」の「緋村剣心」から、そのキャラクターを構成する要素を無くしていくことで解説して行きたいと思います。

まずは剣心から「逆刃刀」を無くした姿を想像してみてください。いっきに普通の剣客になってしまいますよね。同時にそこから見えてくる不殺の誓いも無くなってしまう。物語を進める上での葛藤もなくなってしまう。と言うより剣心と言えば逆刃刀、逆刃刀と言えば剣心だったのにそれが無くなってしまう。

これを他にも応用できるように抽象化するならば、物によってキャラクターを起てているということです。

「ロード・オブ・ザ・リング」で主人公フロドから指輪を無くしてみてください。主人公では無くなってしまうどころか物語が始まりません。フロドは指輪を持っているからフロドなんです。

もしくは明日の朝、あなたは家を出た玄関の前で「伝説の剣」を拾ったとしましょう。その瞬間にあなたはこの世界のモブキャラではなくなり、「伝説の剣を拾った人」になります。そしてその剣になにかしらの因縁なりなんなりを持たせましょう。別にあなたが伝説の剣の持ち主じゃなくて、伝説の剣を持ち主に届ける人でもいいんです。その瞬間に読者にあなたを理解してもらうことができます。そして物語は動き出します。
(これは世界観とキャラクターが結びつくことで「ストーリー」が生まれるということでもあるのですが、その話はまた別の機会にしたいと思います。)

また、これは乗り物でも構いません。特殊な乗り物を操縦する主人公。そういった物語は多々思いつくかと思います。その乗り物をなくした瞬間、そのキャラクターの魅力が半減しているのを感じられるかと思います。

これが「物でキャラクターを起てる」ということです。

緋村剣心から十字傷を無くしてみる。(身体的特徴でキャラクターを起てる)

それでは剣心から十字傷を無くしてみましょう。その瞬間トレードマークと因縁の過去が無くなってしまいました。

作者曰く、この十字傷を付けたのは完全に「なんとなく」で、あまりにも女性っぽい見た目になってしまうので付けたというのが確か漫画本一巻に描いてありました。

正直僕は漫画であれ音楽であれ、物を作る際には「なんとなく」という感覚こそが大事なんだと思っています。特にキャラクターについては、他人について、そして自分について全てを知っているわけではないのに、キャラクターについても全てを知ることはできないのです。「なんとなく」を大事にしながら完成形ににじり寄っていくのが大切なんだと思います。

これをまた抽象化するのなら身体的特徴でキャラクターを起てると言えます。

北斗の拳で言うところの北斗七星です。それがあるからそのキャラクターのバックグラウンドが見えてくる。

例えば左腕がないキャラクターがいれば、なぜ左腕を失ったのか、生まれつき左腕がないのであれば、それによる葛藤がキャラクターを形成しているはずです。

エピソードがなくても、そのキャラクターだと一瞬で理解させてくれるような何かが必要だとも言えます。桜木花道の赤頭ですとか。

少年漫画の場合、シルエットだけでそのキャラクターがわかるようにしなければならないとはよく聞きます。

漫画は絵を描きますので、これに関しては割とクリアしやすい要素だと思いますが、小説や脚本なども、しっかりとそのキャラクターの見た目まで理解できていることが重要なのではないでしょうか。身体的特徴、見た目まで考えることで、そのキャラクターをより深く理解できるかと思います。

緋村剣心から「おろ?」「ござるよ」を無くしてみる。(癖でキャラクターを起てる)

」はその人をこれでもかと言うくらいに、最高に表していると思います。

剣心の「おろ?」と「ござるよ」は普段の抜けた人っぷりと優しさを存分に表し、キレた時にその癖がなくなることから、ギャップも演出しています。素晴らしいです。

スラムダンクの深津と言えば「ピョン」です。とりたてて特徴のなさそうなキャラですが、語尾に謎の言葉をつけることで、そのキャラクターの変人っぷりや嫌らしい人間っぷりが伝わってきます。

もちろん口癖だけではありません。

浦沢直樹先生の「MONSTER」では、ルンゲ警部がキーボードを叩くような仕草をして物事を記憶するという癖を持っています。本当に素晴らしい表現ですよね。ルンゲ警部の無表情さと相まって、冷酷で機械のように犯人を追い詰める人間性が、この仕草一つでこれでもかとばかりに感じることができます。

池井戸潤先生の小説を原作にしたドラマ「民王」では、菅田将暉くん演じる総理の息子に、照れたりすると首の後ろを触りながら体を曲げるという癖があります。そして総理は基本眉間にシワを寄せています。それらがそれぞれの性格を存分に表しているだけでなく、この物語は2人の中身が入れ替わってしまう話でもありますから、中身が変わったことがその癖のあるなしでわかるわけです。(もちろん表情や話し方の変化もありますが。)

ただ、無理に癖を付けてしまうと、それはそれでなんともわざとらしいキャラクターが出来上がってしまいます。

やはり大事なのは、とことんまでキャラクターを理解し、その中で出てきた「こいつなんか好きだな」という部分を、こぼさず拾い上げ、紹介してあげることです。

笑い方ひとつにしても、「ぶはは」と笑うのか「がはは」と笑うのか「うしし」と笑うのか。はたまた口を抑えてあまり大きな声で笑おうとしないのか。キャラクターによってそれは様々あります。

同じ状況下でも行動が違う。それがキャラクターを描くということだと思います。

そこに読者は人間味を感じ、親しみを得るのです。

緋村剣心から「人斬り抜刀斎」を無くしてみる。(第三者でキャラクターを起てる)

「人斬り抜刀斎」。

これは言ってみれば「異名」や「あだ名」と言えると思いますが、同時に「他人からの評価」、「噂」とも言えます。

キャラクターを考える時、この「第三者からの視点」を考えるのが、なかなか難しいと思います。

そのキャラクターの「社会における立ち位置」が分かってないといけませんし、そもそもその社会を理解していないといけません。

司馬遼太郎先生は、小説を書くときにその時代の持つ社会的価値観のようなものを、非常に大事にしていたと言います。戦国時代であれば立身出世。幕末であれば尊王攘夷など。その時代の持つ風のように乗るのか、乗らないのかの視点で、そのキャラクターを描いていったと言います。
(だからこそ南北朝時代などの価値観が混沌としていた時代は書けなかったとか、なんとか。)

ただまあ、そんな社会などということは気にしなくていいのかもしれませんが、「噂」という第三者の視点は、実際に物語の中で使えるテクニックでもあります。

「人を惹きつける技術: カリスマ劇画原作者が指南する売れる「キャラ」の創り方(小池一夫 著)」の中では、こんな例を上げていました。

1人の老人が高級ホテルのロビーの椅子に腰掛けている。
「なにあの汚いじじい。」「なんであんなのがこのホテルにいるのよ」「ちょっと、あの人出て行ってもらいましょ」
マダムたちがボーイを呼び止めようとした時、エレベーターから1人の女性が出てくる。
「あらっ、あの人女優の〇〇じゃない?」「きれい」「このホテルに泊まってたのかしら」
そして、その女優は汚らしいじじいの元に駆け寄り、ハグし、腕をとってホテルを出て行った。
「……..なにあの人….」

素晴らしいですよね。汚らしいじじい何者なんだ。

これは「ダークナイト」の中で、ジョーカーの登場シーンでも使われています。ジョーカーの噂話をしながら銀行強盗が進み、そのやり方の中にある狂気に戦慄した中での登場。脱帽。拍手喝采。もうこのシーンだけでこの映画はあらゆるものに勝利しています。なんの勝負かはわかりませんが。

実際物語においてキャラクターの初登場シーンは何よりも大事です。これを疎かにする人は物語を書く資格がないとさえ思います。

しかし、だからこそ難しい。

派手に登場させればいいってものでもありませんし、登場まで焦らせばいいってものでもない。大事なのは結局、その物語とキャラクターを理解することだと思います。

また、登場シーンに関わらず、物語において第三者の視点を入れるのはとても効果的です。第三者の視点を通じて、観ている人にキャラクターを理解してもらうことができます。

この点、「刃牙」シリーズは非常に素晴らしいです。登場シーンにかかわらず、話の中でキャラクターを起てて起てて起て続けている。とても勉強になります。

やはり、あれ程までにキャラクターについて描けるのは、キャラクターのことを理解し尽くしているからだと思います。

「異名」や「あだ名」「他人からの評価」「噂」を使って「第三者の視点」を入れると、読者のキャラクター理解度が上がるかと思います。

『主人公には「弱点」敵には「欠点」を』とは言うけれど…。

キャラクターの話になる時、よく聞くのが主人公には「弱点」敵には「欠点」をという言葉です。

言われてみればわかるのですが、しかし本質的にはよく理解できない。「弱点」と「欠点」の違いってなんだろう。

これを僕は「葛藤」の話でなら理解できると思っています。

例えば剣心の弱点が薫殿だとしましょう。薫殿が人質にとられ、目的を達成するための障害となってしまったら剣心ならどうするか。苦心し、葛藤しながらも薫殿の命をまずは優先する。そんな優しい人です。

では志々雄真実の場合ならどうか。薫殿と同じ立ち位置である駒形由美が人質にとられた場合、志々雄は駒形の命など気にせず目的達成へと向かうでしょう。

つまり剣心は葛藤し、志々雄は葛藤しない。

主人公は何か、仲間のことなどの弱点で葛藤し、敵は何があっても葛藤しない。

よく「敵役にはカリスマ性を持たせる」とも言います。どんな状況に陥っても葛藤せず、目的達成へと向かう。だからカリスマ性が生まれるんだと思います。

そして物語は「葛藤」がないと面白くなりません。

やはりそういう意味でも、主人公は優しい人間でなくてはならないし、志々雄ではなく剣心が主人公でなくてはならないと思います。

ただまあ、その「葛藤」という視点で物語を考えれば、必ずしも優しいことだけが大事とも言い切れないと思います。実際、優しくない主人公は世の中にたくさんいますし。

ちなみに「葛藤」については↓で解説していますのでよろしければご覧ください。

キャラクターに葛藤を生み出す方法 – 面白い物語を書く方法【物語理論】

「大中小三つの願い」を考える。

行動には欲求が必要です。特に物語において、主体的に動いてないキャラクターには魅力を感じませんので、キャラクターには欲求が必要になってきます。

キャラクターの理解を深めていくと、漠然とそのキャラクターの願い、欲求が分かってきますが、それを段階に分けてカテゴライズすると、よりわかりやすくなります。それが「大中小三つの願い」です。

「大きな願い」はキャラクターの人生を決めます。

「中くらいの願い」は生活態度を決めます。

「小さな願い」は趣味嗜好を決めます。

ルフィで言うところの「海賊王になる(大きな願い)」「仲間が大事(中くらいの願い)」「肉とか好き(小さな願い)」です。

大きな願いがいくつもあると物語の方向性がバラけやすくなってしまいますが、中くらいの願いと小さな願いはいくつもあっていいです。特に中くらいの願いはポリシーや、譲れない考えみたいなものですから、いくつもあっていいと思います。

あまりガチガチに考えすぎる必要はありませんが、このようなアプローチができることも知っておくと、よりキャラクターを理解できるようになると思います。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

僕は、その物語が面白いかどうかは、葛藤があるかないかだと思っています。

キャラクターの葛藤を生み出すには、そのキャラクターをより理解できなくてはいけません。

また、人間味のあるキャラクターは人の共感を呼び、好かれます。好かれるキャラクターが1人でもいれば、そのキャラクターに何度も会いたくなり、物語が何度も読まれることになります。

これこそがキャラクターの力です。

最初にも書きましたが、僕のキャラクター理論は「人を惹きつける技術: カリスマ劇画原作者が指南する売れる「キャラ」の創り方(小池一夫 著)」からきています。この本を読んだ時、「もっと早くに出会っていれば…」と本気で思いました。

この記事を読んで学ぶことが1mmでもあった人は、ぜひ、この本を読んでみてください。読んでみて、必ず損はしないと思います。

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