キャラクターに葛藤を生み出す方法 – 面白い物語を書く方法【物語理論】

『面白い物語』と『面白くない物語』の見分け方。

いろいろあると思うのですが、僕が思う最も簡単な見分け方は『困っている人がいるかいないか』だと思っています。

これを脚本や物語理論の本に載っている言葉で言うと『葛藤があるかどうか』です。

例えば↓のショートフィルム。

 

本当に、めちゃめちゃ素晴らしい作品ですが、この作品は主に、女性の、男性に対する、仕事が理由であまり一緒にいれないことの『葛藤』が話の筋になっています。女性が男性と一緒にいれなくて『困って』います。

葛藤』が生まれるとどうなるのか、観ている人が『これからどうなるんだろう…』と先が気になり出します。

『先が気になる』から、面白いんです。

ただ、この『葛藤』については恐らく脚本の教科書のようなものに普通に書いてあることです。それくらい一般的なことなのですが、しかし実際、物語に応用してアウトプットしようとしてもできない。よくわからない。

これを少し噛み砕いて、わかりやすく解説したいと思います。

2つの葛藤『イラ』と『マヨ』について。

葛藤』には2種類あります。

物理的葛藤』と『精神的葛藤』の2つです。

物理的葛藤』は外面的なものです。何かを手に入れたいけど手に入れられない。行きたいけど行けない。彼女と一緒にいたいけどいれない。物理的な障害が発生した時に起こります。

精神的葛藤』は内面的なものです。悩んでいる状態です。↑のショートフィルムだとまさに女性が男性と一緒に入れないことを悩んでいました。

こんな感じです。

では、これをどう物語に落とし込めばいいのか。そこが難しい。

しかし、ちょっとした見方の変化で理解することができます。それは、『イラ』と『マヨ』です。

例えば、

主人公の男性の奥さんが、妊娠している。もうすぐ生まれるから病院まで来て欲しい。主人公は仕事を途中で切り上げて病院へ向かうためにタクシーを拾おうとします。しかし全然捕まらない。やっと捕まったはいいけど運転手がのんびりやで全然進まない。

↑のシーン。主人公が『イライラ』しているのが浮かぶと思います。まあキャラクターによっては『イライラ』というリアクションはしないかもしれませんが。

つまり『物理的葛藤』は、キャラクターを『イライラ』させればいいのです。これが『イラ』の理論です。

では『精神的葛藤』については、例えば、

主人公の男性の奥さんが、妊娠している。もうすぐ生まれるから病院まで来て欲しい。しかし今日は大事な商談の日で、この日のためにとてつもない苦労をしてきました。これを逃せばもうチャンスは来ないかもしれません。商談をとるか、出産に駆けつけるのか。

↑のシーン。主人公が『迷って』いるのが浮かぶと思います。

これ別にどんなことでもいいんです。

今夜仕事終わりにビールを飲むのか。体のことを考えてやめておくのか。

キャラクターの前に2つ以上の選択肢を用意してどの選択肢かで『マヨ』わせる。これが『マヨ』の理論です。

どうですか。こんなに簡単なことだったんだと突き抜けるように腑に落ちたかと思います。

実際これは僕が提唱しているわけではなく、「いきなりドラマを面白くするシナリオ錬金術 (シナリオ教室)-浅田 直亮 (著)」の中で解説しています。

この本、恐らくある程度脚本の基礎を勉強した上で読む方が効果的かと思いますが、本当に素晴らしい本で、凝り固まってこんがらがってしまった物語理論の考え方をほぐしてくれるような、本当に素晴らしい本です。

超おすすめです。

『葛藤』は『決断』により解決する。

では、この生まれた葛藤はこのまま放っておいていいのか。いい訳がありません。しっかりと解決してあげなくてはいけません。

ではどうやって解決するのか。主人公が『決断』をするんです。

ある程度脚本を勉強されている方でしたら知っているかもしれません『プロットポイント』という言葉。

ざっくり説明すると、主人公は物語において、特に長編の場合は2回、『決断』をしなければいけません。それが物語の推進力となり、物語を前に進めていきます。

↑のショートフィルムの場合、男性は二人の間にある葛藤を解消するために、結婚することを『決断』します。

そして↓のショートムービーの場合も同じです。

 

このムービーも非常に素晴らしくできていますが、会えそうで会えない2人が時代を超えて、最後、電車が都心直通になったことで運命が変わり出会うことができます(僕は勝手にそう理解しました)。

物語はそこで終わらずに、最後女性の方が座席を1つ横に移動します。二人の距離を詰めようと『決断』したわけです。

これにより、例え偶然の出会いだったとしても、そこに『決断』があり、キャラクターの意思が伝わるため、物語は能動的な、すっきりとした話になっています。

気になっている人に近づきたい。という『葛藤』を、最後の座席の距離を詰める『決断』で解決したわけです。

↑で紹介しました2つのショートフィルム(ムービー)には、決断は1つしかありません。しかしプロットポイントは2回必要です。

長編と短編の違いとも言えますが、ではなぜ長編には必要で短編には必要ないのか。別に必要ないってわけではないかと思いますが。

それは1つ目のプロットポイントは葛藤を生み出すためのものだからというのが今の僕の考えるところですが、詳しい解説はまた、プロットポイントの説明の際にでもしたいと思います。

『葛藤』は物語以外にも役に立つ。

ここからは勝手な理屈ですが、葛藤』があるかないかは物語以外の分野でも重要になってくると思っています。

わかりやすい例で言うとドキュメンタリーなんかがそうだと思います。

これはある意味物語といえば物語ですけど。基本的にドキュメンタリーは『葛藤』にフォーカスした作りになっています。戦力外通告受けた野球選手のドキュメンタリーなんかは特にそうですよね。

そして僕は「お笑い」の分野にも当てはまると思っています。

 

D「これからは芸人にも演技力が必要だと思っている。でもお前にその力がない。俺が今からお前の演技見てやるから、ちょっとここでやってみ。」

N「演技?何すりゃいいの?」

D「俺が今から、子供ができたことを旦那さんに言う奥さんの役やるから。お前はそれを聞いて喜ぶ旦那の演技せえ。」

N「わかった。」

玄関で出かける支度

N「じゃあ、行ってくるよ。」

D「おぬしぃ」

N「おぬしちゃう!!!!!」

 

ねー。文字で伝えるの大変ですけど。一応千鳥の「おぬしぃ」の漫才です。

「あなた、わたし、できちゃったみたい」この台詞を言わせたいのに全く言ってくれません。ノブさんがめちゃめちゃイライラしていますよね。

よくお笑いはツッコミで笑うと言いますが、ツッコミの困っている姿を見て笑っているという見方もできるかと思います。

ただ、ボケの角度とかもありますし、一概には全く言えませんが。

まとめ

人は人の困っている姿を見て面白がるんだと思います。

それは別にニヒリズムで言っているわけではなく、試練や困難に直面した時に、人間の本質が出てくるから面白いんです。

絶体絶命の状況に陥った時に、自らを律して立ち向かうのか。他者を助けようと奮闘するのか。愛する人を守るのか。自分だけ逃げるのか。

その葛藤する姿、そのキャラクターの本質を見たくて、何度もその物語を読んでしまうと、僕は思っています。

だからこそ、そのキャラクターの葛藤を描くためには、そのキャラクターをどこまでも理解する必要があるのです。

キャラクターを理解する方法はまた、そのうち、書きたいと思います。

読んでいただきありがとうございました。

あわせて読みたい