『自分の生き方を省みてしまった』-西川美和監督「永い言い訳」【映画レビュー(後半若干のネタバレあり)】

先ずは予告編を御覧ください。

西川美和監督作品大好きなんです。

大好きって言ってもすごい昔から注目していたわけではなく、当時注目を集めた作品「ゆれる」を観て、「ナニコレ」と思ってから。ということではあるのですが。

どこが好きか。

感動したとか、泣いたとか、そんな言葉では説明できない感情や出来事を、映画を使って表現しているところです。

西川美和監督は作品の数がとても少なく、4年に一度くらいしか発表しないのですが。「ゆれる」以降、「ディア・ドクター」「夢売るふたり」しか作品はなく、その2つも非常に素晴らしのですが、「永い言い訳」は「ゆれる」以上の衝撃を僕は受けました。

あらすじ

人気作家の津村啓こと主人公、衣笠幸夫(きぬがささちお)の妻がある日、バス事故で妻の親友と共に死んでしまいます。

しかしその時、幸夫くんは不倫相手と密会しており、予告編を観ても分かる通り、妻の葬式の出棺で髪型を気にしているという言えないクソヤローっぷり。

しかしそこで出会った妻の親友の遺族、陽一と出会うことで少しずつ変わっていく…

あらすじこれでいいのか。

「変わっていく…」ってなに?ほんとに変わっていってる?どう変わったの?希望はあるの?なんなの?

先程も書きましたが、言葉では言い表せれないものが、この映画にはあります。

人間だってそうです。イイやつとか、嫌な奴とか、優しいやつとか、一言で表せれればそれは簡単です。でももちろん、それだけじゃない。嫌な奴だけど電車で老人に席ゆずったりだとか….たとえ変ですね。

映画の中でこんな言葉がありました。

「子育てって、免罪符じゃないですか。男にとって。みーんな帳消しにされてく気がしますもん。自分がサイテーなバカでクズだってことも全部忘れて。」

愛するって、なんなんでしょうね。

苦し嬉し胸の痛みじゃないですけど…愛するがゆえに憎かったり、嫌い嫌いって言えば言うほどどこかでその人のこと好き感が出てきたり。一方的な愛であるはずが、どこかで自分が救われていたり、そのことが愛するってことなら、愛するってなんだ?ってことになりますし。
何言ってるんでしょーね。まったく。

生き方について振り返ってしまった。

物語は人生の一部を描いています。

誰しも誰かの身の上話を聞くと、ふと自分を顧みて思うことがあるように、その物語が濃密であればあるほど、観た人は自分の人生を顧みてしまうのだと思います。

物語の最終章

「人生は他者だ」

という言葉が出てきます。

僕はこの言葉から自分の人生を顧みて、自分の人生をシフトチェンジする種を植え付けられました。

人生の価値は、何かを成し遂げたとか、夢を叶えたとか、そんなことで決まるわけではない。
誰かのために何かをしただとか、誰かの夢を叶えたとか、誰かと何かしたとか、そこに価値はあるんだと。

楽しいとか、悲しいとか、一言で片付けれてしまう作品ももちろん否定はしません。ただ、そういった作品は他の一言で片付けられてしまう作品と言ってみれば観た後の感想は同じでしょう。

この作品には他の映画では得られない感情があります。

だからレビューなんて観て満足しないで観て頂ければと思います。

とりとめのない文章になりましたが、やはり言葉では言い表せれないものがあるのだと、そこだけでも感じ取って頂ければ幸いです。

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